私は今、高校教諭を目指して大学院で学んでいます。近現代文学を専攻し、近現代文学のゼミで村上春樹の「ノルウェイの森」を修士論文のテーマとして研究しています。
今はこうして大学院に所属している私ですが、元々進学は考えておらず、学部を卒業したらそのまま社会へ出るつもりでいました。しかし教員採用試験を終えて少しした頃に「『先生』として生徒の前に立つための準備は本当に済んだのだろうか」と急に不安を感じ、そして両親と相談を重ねた結果、進学のための試験を受けることを決意しました。
事実、大学院での勉強を通して自分がいかに未熟であったかを痛感させられました。知識面でももちろんですが、特に感じたのが自分の考え方や視野の狭さです。学部の頃も広い視野を持つようにと心がけてはいたつもりでしたが、全く十分ではありませんでした。もちろん今でも不十分だしこれから様々な経験を通して更に視野が広がっていくのだとは思いますが、そのための土台すら出来ていなかった当時よりは今の自分は成長できたと信じています。
また教員採用試験の勉強についてですが、大学院の講義を受けること自体がそのまま試験に役立ったということが実感としてあります。特に面接や集団討論の力を高めることとの関連が深いと言えます。院で行われる講義は、基本的に演習形式です。自分で調べ、考え、発表し、そして質疑応答をすることは、自分の教育観を確立することや考えを言葉にして話す訓練に繋がります。日常的にそういったことを繰り返すため、着実に自分の力としてついていきます。私の場合それは実際に、教員採用試験の結果に目に見える形として現れました。特にこれといった練習をしていなかったにも関わらず、「個人面接」「集団討論」「模擬授業」の評価が学部生の頃よりも上がっていたのです。これは大学院の演習を通しての訓練で力がついた結果だと、そう確信しています。また筆記試験などに向けて知識を覚えることにも、院の講義は役立ちました。ただ暗記するだけでなく、特に教職教養の知識などは院の演習で行う内容と重なる部分も多いため、併せて理解しつつ知識として定着させることができたのです。講義そのものが面接等の力をつけることになるし、自分で筆記試験の勉強をする時にも講義内容が役に立つ、それが大学院の講義の特徴であり長所だと言えるでしょう。
以上、勉強という面について主として語りましたが、大学院生活はもちろんそれだけではありません。趣味に使ったりサークル活動やボランティア活動に参加したりする時間も十分に確保できます。私自身、趣味も勉強も学部時代以上に充実していると実感しています。成長を実感したため、2年前に比べて教壇に立つことへの不安も軽減されました。もし大学院を受験しようか迷っている人が居れば、ぜひ受けることをお勧めします。