マイクロステップ技術(計測技術)について

 はじめに:国などから受けてきた研究助成
ここでは、若干専門的になりますが、マイクロステップ計測技術に関わる研究の概要と、根底にある考え方を説明します。本研究を進めるにあたっては以下の研究助成等を受けています。これらを受けた10年来の研究により、基礎研究が、ようやく応用レベルにあがってきたところです(リストしている助成等は、マイクロステップ計測技術に関するもののみです)。このような助成がなければ、私がどんなにがんばったとしても、この研究はずっと埋もれていたと思います。この研究を引き上げてくださった専門の研究者の方々はもちろん、血税を使わせていただいた国民の皆さんへ心から感謝します。
マイクロステップ計測技術は、スケジューリング原理とその技術の総称です。学習効果をはじめ広告などの効果を、高い精度で測定することを目的とする研究を足がかりに、将来的には、脳やロボットの研究に不可欠な、「経験」という情報を科学の場へ引き上げることを念頭においています。

平成7・8年度
NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)による提案公募型・最先端分野/重点分野研究開発事業委託業務研究、研究課題:高次精神活動の計測高度化のための技術開発 −意識工学の構築に向けて−、研究代表者:岩崎庸男
平成11〜13年度
科学研究費補助金 基盤研究B(課題番号:11559013、研究代表者:寺澤孝文)、課題名:生涯個別学習を可能にするデータ蓄積型CAIシステム −長期学習実験と記憶理論に基づく学習効果予測モジュールの開発−
平成14〜17年度
科学研究費補助金 基盤研究A(課題番号:14209010,研究代表者:寺澤孝文)、課題名:「経験の変数化」を念頭においた実験計画法に基づく客観的絶対評価の実現
平成17年度
株)ベネッセコーポレーションとの共同研究、研究題目:モバイル端末学習システム実証実験
平成18年度
 株)ディースリー・パブリッシャーとの共同研究、研究題目:マイクロステップ計測技術による英単語の学習到達度測定実験
平成20〜21年度
岡山大学重点研究(岡山大学 学内COE)、研究課題:新たな縦断的調査技術を核とした,人と,情報流布システムのパワーアップ −教育効果と広告効果の可視化によるパワーアップビリティーの追求−


 スケジューリング技術による新しい縦断的調査法
マイクロステップ計測技術は、スケジューリングという新概念とデータベース技術を活用し、従来の【縦断的研究法】や【実験法】を大きく進化させると考えられる全く新しい測定技術です。それを導入した英単語学習ソフトが市販されましたが、それは、最も多くのデータが集まり、一般にも需要が高い英単語学習に限定し、研究の成果を速やかに社会に還元することを意図して、【研究者主導】で開発されたソフトです。ゲーム端末用のソフトですが、学術的には、現段階で最高レベルの測定精度を誇る測定ツールであることは保障できます(本気で英単語を覚えようとしている人には確実にメリットを提供できることが、これまでの実験で明らかになっています→
麻布高校の実験の紹介を参照してください)。
マイクロステップ計測技術は、様々なエピソードの効果を厳密に測定することを重視する実験系心理学の記憶研究をベース(出発点)としています。その領域の基盤となっている実験計画法に、新たに【スケジューリング】という新概念を導入し、長期にわたり何度も生起する膨大なイベントの効果を、時系列的に連続測定することを可能にしました。
また調査研究法の立場から言えば、これまで限定的にしか用いられてこなかった【縦断的研究法】を、多数の調査項目を対象に、大規模に、また頻繁に実施できる方法に拡張し、さらに長い期間の中で生起する個々のイベントの効果を、縦断的調査データで吟味することを可能にしました。

スケジューリングは誰でもやっていることで何が新しいの?とよく疑問をもたれます。時間をとって詳細を理解していただけば、その新規性や独創性は理解いただけますが、簡単に説明すること自体が難しいことです(→何が難しいのかを説明することが難しい理由を参照)。少なくとも、厳密にスケジュールを組み立て、さらにその効果を測定していくとなると、従来一般的に使われているスケジュールの概念は全く使えません。マイクロステップ計測技術を用いた研究成果は、徐々に論文になり始めていますが(例えば、寺澤・太田・吉田[2008:教育心理学研究])、全体像を理解していただくには、次にあげる科研の出版助成本と、特許をじっくりお読みいただく他ないかもしれません(かなり難解です)。
寺澤孝文・吉田哲也・太田信夫(編著) 2007 マイクロステップ計測法による英単語学習の個人差の測定 風間書房(科研の出版助成により公刊)
寺澤孝文 2004 スケジュール作成方法及びスケジュール生成システム及び未経験スケジュール予測方法並びに学習スケジュール評価表示方法,国際出願番号:PCT/JP2004/006487.(PCT国際出願中)
寺澤孝文 2005 スケジュールの作成方法およびスケジュールテーブルを記憶した記憶媒体並びに呈示リストの作成方法並びに学習スケジュールデータ配信評価方法及びそのシステム,特開2005-209220(PCT国際出願 W02003/040978,PCT/JP2002/011611)
寺澤孝文 2006 スケジュールの作成方法及びそのプログラム並びにスケジュールの作成方法のプログラムを記憶した記憶媒体,特許第3764456(日本),第737363号(韓国特許)→寺澤(2004)の一部が特許化されたもの

 マイクロステップ計測技術で可能になったこと:これまで不可能だったこと
マイクロステップ計測技術の説明は、いろいろなところで試みていますが、やはり難しいことです。例えば、根本原理は簡単なのですが、なぜその原理が必要な理由は簡単には説明できません。実験系心理学の複雑な実験計画法の知識と、複雑なスケジュールを生成するためのデータベース(ソフトウェア)技術も必要で、マイクロステップ計測技術は、その両者を融合させないと実現できない点がユニークであり、また最大のネックともいえます(両者を融合できたのは、私が記憶研究で実験計画法を専門にしていたことと、たまたまデータベースソフトで様々なシステムを作っていたためです)。
最近は、何が新しいのか、難しいことなのかをご理解いただくことはあきらめ、その代わり、この技術によって、初めて実現できるようになったことを説明することにしています。例えば次に上げることは、これまで全くできなかったことです。お読みいただければ分かると思いますが、これらはどれも、社会的に必要とされながら、これまで全く実現できなかったものばかりです(簡単にできそうに思えることかもしれませんが、簡単にできるのであれば、既に誰かがやっていてもおかしくないことです。それが実現できなかったのは、それ相応の問題があったからに他かありません。マイクロステップ計測技術の新規性や独創性は、原理の部分から理解していただかなければなかなかわかっていただくことはできませんが、これまでなぜ実現できなかったことができるようになった背景には、解決の難しい問題が数多くあり、それを実質的に解決するためには、新しい原理や技術が必要だっとご理解いただきたいと思います。


毎日の学習の効果が着実に積み重なっていく事実を、平均ではなく、学習者ごとに個別に描き出すことが可能になった。一般のテスト得点を記録していっても、学習の積み重ねは描き出せません。
一夜漬けの学習効果を排除した、真に実力といえる学習効果を長期にわたり描き出すことが可能になった(潜在記憶の積み重ねを可視化することが可能になった)。
連続する日々の学習の効果を連続測定する、Dynamic Testing(動的テスト法)の技術が実用化された。
膨大な学習内容の一つひとつについて、学習成績を連続測定・記録することが可能になった。もちろん、学習者ごとに測定するため、学習者ごとに学習内容の到達度のランキングを出力できるようになった。
従来のテストのように単発的なテストの成績でなく、成績の時系列変化から、各学習者の成績を推定する推定法が確立された。


 「経験」を科学することの難しさ
「スケジュール」は誰もが使う馴染みのある概念ですが、ほとんど科学研究の対象になってこなかった概念です。夏休みの計画、今日の予定など、誰もが簡単に考えられるものです。しかし、今日一日の出来事を、詳細に全てスケジューリングしてくださいといわれたらどうでしょう。朝起きる時、どちらの足を軸に立ち上がるでしょうか。新聞をどのページから読みますか?外出するときはどの道を通りますか?道路を渡る時、車がこないかを確認するのに、左右のどちら側から見るでしょうか。一日の出来事といっても、想像つかない膨大なイベントが想定できます。その全てのスケジュールをどのように表現したらいいでしょうか。

単にスケジュールを作るのであれば容易です。しかし、「経験を科学する」ためには、経験の違いを客観的に比較したり、評価することが必要になります。そうなると、問題はかなり難しくなります。特定のイベントの効果を正確に測定するためには、そのイベントとテストの時間間隔(インターバル)が異なると結果は変わってきます。また、日常の中では、同じイベントが何度も何度も繰り返されることが多いものです(例えば、英単語の勉強を例にすれば、同じ単語を年単位で何度も学習します)。そうなると、単発的なイベントの効果を測定することは意味がなくなります。同一の対象に関して、連続して何度も生起するイベントの集合の効果を、比較しなければならないわけです。特に、10日に10回のペースで英単語を勉強していくなどとよく言われますが、その効果を測定するためには、毎日1回ずつ勉強するか、5回ずつ2日に分けて勉強するか、等々、イベントの生起タイミングを考慮しなければならなくなります。それは無数想定され、そのタイミングごとに効果は確実に変わってきます(集中学習vs分散学習、北尾倫彦先生のご研究など)。

 何が難しいのかを説明することが難しい理由
  上記のように、膨大で多種多様で、ほぼ無限に想定できる「スケジュール」を制御し、個々のイベントの影響を推定することは、実はとても難しいことです。私たちはよく、学習の効果を知りたいといいますが、それはすなわち、上記のように、<膨大な学習イベントの集合>の影響を知りたいということです。「学習経験」という言葉でまとめると簡単ですが、実際には、学習方法はもちろんのこと、インターバルやタイミングといった、時間軸上に想定される条件を区別してその影響が評価できなければ、何も分かりません。学習法や指導法の効果を比較検討している研究は数多くありますが、どれも、何らかの学習イベントを設け、その後、特定のインターバル後になされる“単発的”なテストでその効果が検討されています。学習のインターバルが一つ変わっても検出される効果は変わってきますし、テストを実施すること自体が、学習効果を持ちます。
さらに、重要な点は、経験の効果を、連続測定していくことが困難なことです。連続してテストをしていくことは簡単では?と思われがちですが、例えば、1000語の英単語を4回ずつ学習し、その効果を1ヶ月おいてテストをしていく方法を考えてみてください。1日で延べ4000語の学習をすることはできませんから、学習イベントは散らばさなければなりません。ところがそうすると学習とテストのインターバルが単語ごとに変わってきてしまいます。インターバルが変われば成績は変わってくるのは当然です。それを制御する方法は結構良いパズルになります(マイクロステップ計測技術には、種まき法とインターバル相殺法があります)。
多数の多様なイベントの集合の効果を連続測定していくことが難しい理由に少しご理解いただけたでしょうか。この問題は、一般的な調査研究にも同様の影響を持ちます。例えば、一般的なマーケッティング調査や広告調査、意識調査も、調査以前のイベントの集合の影響を、単発的な調査で把握しようとしているものです。さらに、イベントの集合の影響を、連続して測定していくとなるとテストイベント自体の影響も考えなければならなくなります。現在の調査研究のほとんどが横断的調査法に依存しているのも、単に縦断的調査法がコストがかかるためという理由だけではありません。時系列上には、イベントの生起タイミングは無数想定できます。イベントの集合の効果を連続測定していくためには、その無数の生起タイミングの効果を考慮しなければなりません。ダイレクトメールも、出すペースやタイミングによってその効果は変わってきます。それらのイベントの集合の効果を高い精度で時系列上のデータとして描き出す方法は、これまで全く検討されてこなかったことです。マイクロステップ計測技術は、これまで学習場面に特化して実用化を目指してきましたが、だんだんとその目的が達成され始めています。ある程度見通しがついたところで、広告効果の大規模な縦断的測定技術の確立に研究を進めていこうと思っています。
このように、学習など様々なイベントのスケジュールの効果を検討している研究はほとんどありません。それは、インターバルやタイミングといった、時間軸上の条件を制御する方法がなかったために他ありません。さらにそのような方法が検討されなかった大きな理由があります。すなわち、時間軸上の条件は、表現が難しく、目に見えないため、その多様性をイメージすること自体が難しい点にあります。逆に、正確な測定を行うためには、複雑なスケジュールを想定しなければならないのですが、そのスケジュール自体をイメージしてもらえなければ、そのスケジュールを生成する原理や方法がどのようにつながってくるのかを理解してもらうことはできません。

「Theマイクロステップ技術で覚える英単語」でも難易度ごとに数個のスケジュール条件を組み入れてありますが、そのうち、最初の10日間のお試し期間では、1日の学習が終わるごとにその成績が1本のグラフになって表示されます。これは、2日を1つの単位として学習とテストを繰り返していくスケジュールに該当します。このような、同じことを繰り返していくだけのスケジュールは分かりやすいです。しかし、10日ごとに実施される客観テストは、50日間にわたって全ての単語がいつどのようなタイミングで学習され、それから5つのインターバル条件に単語が分けられてテストがなされ、かつテストのどの問題セットでそれぞれの単語が提示されるのかを全てスケジューリングしています。スケジュールの概要は説明するだけでも大変です。そして、その難しさが、まさにスケジュールを科学することを困難にしていたといえます。
スケジュールのバリエーションは無限といっていいほど多様ですが、一つひとつのスケジュールの効果の違いを、一定の枠組みで、分かりやすく比較できるようにするためには、無数のスケジュールに将来的に対応づけることを念頭におき、スケジュールに制約を加えて研究を進める必要があります。説明するのも難しい、多種多様なスケジュールの効果を、将来議論できるようにすることを見据えて、どのような特徴を持つスケジュール条件に限定して研究を進めるべきなのかを見極める必要があります。どんな特徴を持つスケジュールに限定して研究を進めるべきであるのか、想像していただけるでしょうか?こんなスケジュールですと説明すれば、簡単に理解していただけますが、その特徴を持つスケジュールでなければ、研究が始まらないことや、膨大なスケジュールを生成する技術的な困難を克服できないということを理解していただくのはかなり難しいことです。特許で認められているスケジューリング原理の一番の原理は、それだけ見ていただくとなぜその原理が大切なのかは、理解していただくことはできないと思います。複雑なスケジュールを作ろうと、イメージした時に、その必要性が見えてきます。

さらに、全ての単語ごとにこれらのスケジュールを割り当て、それに対応させて学習とテストを生起させ、スケジュールごとに成績を集計して、分かりやすいグラフに出力するためには、かなり複雑なプログラミングが必要になります。時系列上のイベントの集合としてとらえられる、人間の「経験」を科学的な研究対象とするためには、相応のスケジューリングの原理が必要であり、さらに計画した詳細なスケジュールをコンピュータで作り出し、それを分析までつなげる技術が必要です。マイクロステップ技術というのはそれらをまとめたものです。

そもそも、時間軸上に想定される条件は、イメージを膨らませればいくらでも想定できます。想定するスケジュールが複雑であるほど、それを実際にスケジューリングする方法も難しくなります。何が難しいのかを説明することが難しい理由は、繰り返しになりますが、人間が時間の流れを意識することが難しいことが一つの原因だと思います。時間をとめることはできませんから、それを表現するためには外に書き出す必要があります。ところが、詳細なスケジュールを記述するためにはそれだけで一仕事で、書き出したものを使って他の人に説明することはまた難しいことです。当然、目の前に(例えば図として)描き出すためには、頭の中でその条件をイメージすることが必要です。普通でもイメージすることが難しいスケジュールを、様々な条件に対応させて【汎用的に】生成するためのスケジューリング原理を考えることは、かなり厄介なことです。特許で提案しているスケジューリングの原理はその点をクリアするための汎用性のある原理なのですが、その有用性を理解していただくためには、実際に生成するスケジュールの詳細をイメージしていただくことが不可欠で、その理解がそもそも難しいのです。

学術論文では、スケジュールの詳細は明確に記載しなければなりませんが、比較的単純なスケジュールでも、文章や図で説明することは容易ではありません(例えば、最近論文になった、寺澤・太田・吉田[2008:教育心理学研究]も手続きの説明が大変でしたが、査読の先生にその点を理解していただけたことはうれしかったことです)。客観テストのためのスケジューリング原理は輪をかけて複雑で、まだ、科研の出版助成により刊行された専門書と特許の明細にしか記載できていませんが、そのスケジュールを作り出すプロセスは、自分でもどうして作り出せたのかと思うほど複雑です。プログラミング言語という非常に詳細で厳密な言語体系で、試行錯誤の結果表現することができたから作り出せたと正直に感じます。

 動的テスト法(Dynamic Testing)の実現
  大学入試センター試験に関わる研究者などが中心になって立ち上げた、日本テスト学会という学会があります。その初代理事長をされた、池田 央先生は、テスト研究では、連続測定をする動的テスト法(Dynamic Testing)の確立が究極の目標であると書かれています(池田 央[2000] アセスメント技術からみたテスト法の過去と未来 日本教育工学雑誌 24,3-13)。連続してテストを実施していくことは、簡単なことと思われがちですが、実はそうではないのです。連続測定の技術は、以前から必要とされてきながら実現できなかった技術といえます。私は、領域が違ったため、それまで著名なお名前しか存じ上げていなかったのですが、池田先生が私の主催したマイクロステップのシンポジウムにきていただき、そこでお誘いいただきテスト学会に入ることになりましたが、Dyanmic Testingの話を知るまで、なぜ領域の違う私をお誘いいただいたのか分からずにいました。そのつながりが分かってから以降、マイクロステップ計測技術を、とにかく早く目に見えるものにすることを目指してきました。

 (余談)語りえないことについては人は沈黙せねばならない
  ヴィトゲンシュタインの言葉で、「語りえないことについては人は沈黙せねばならない」という言葉があるそうですが、プログラミング言語とキーボードに出会っていなかったらこの研究は生まれてこなかったんではないかと感じます。マイクロステップの基本原理や技術は、フローチャートを検討して作ったわけではなく、全て具体的なプログラミングの試行錯誤の結果、まさに“出てきた”ものです。最近はこの原理や技術の枠組みが、だいぶ分かりやすく明確になって、著書(寺澤・太田・吉田[2007])として表現できるようになって来ましたが、初めて1ヶ月かけて文書にした特許の明細は、読めたものではありませんでした。それをじっくりと読んで一部であっても理解していただいた、リクルートの原さんには心から感謝しています。この10年は、私の思考の結果である、プログラムソースが消える(もしくは混乱する)ことの不安との戦いでした。論文や本に枠組みは出始めていますが、当分その戦いは終わらないようです。

関連して、私は、思考や理解の源泉となる記憶されている情報は、言葉でなく感覚情報であると考え独自の記憶表象理論を持っています(Terasawa(2005:
ProfileのPublicatin参照)、放送大学の講座「記憶の心理学」の第8回などでも紹介しています)。この理論は、マイクロステップ以上に大切で、思い入れがあります。要は、人間は目や耳など五感から入力する、それ自体には意味のない感覚情報を、入力した瞬間に記憶として蓄え、その情報をずっと保持し続けているという考えです。要するに、人間は膨大な感覚情報をずっと蓄え続けているということです。最近、その事実を確実にそして簡単に検出できる実験状況ができてきました(上田・寺澤,2008:認知心理学研究)。それは、人間が、言語ではなく感覚情報をずっと蓄え、それら膨大な情報を瞬間的に使って日々の様々な処理をしているということを、信じざるを得なくなる事実です(決して大げさではありません)。それについてはまたどこかで紹介する機会があると思います(→培風館の小林さん:お待たせして申し訳ありません)。

 単なるデータマイニングでは明らかにできないタイミングの効果
人間の行動予測には、その個人の過去から未来における“変化”という情報が大きな意味を持つことは明らかです。現在一般的な調査研究は、ある時点での状態を問題としているものがほとんどであり、変化を扱っている研究はあまり見られません(単に縦断的調査はコストがかかることだけが原因ではありません)。一方、近年、インターネット上で、膨大な個人の行動データを収集することが容易になっています。例えば、個人のブログの書き込み行動を時系列データとして収集すれば、膨大な縦断的時系列データが手に入ります。しかし、ある個人が、「将来のいつ、どのような内容に対して、どのような反応をするのか」を予測する場合には、同様のイベントを経験する大きな集団データの蓄積と分析が必須となります。どのような内容に対してどのような反応を何回したといった情報は収集できたとしても、【いつ】それぞれの書き込みを行ったのかといった無数のタイミングまでを長い期間の中でそろえることは非常に困難です。特に、イベントの【生起タイミング】を考慮せずデータを平均化すれば、その要因は無作為化され、得られるデータにはタイミングのパターンに起因する特徴的な効果の抽出は困難になります。つまり、人間の行動予測にとって欠くことのできない、時系列パターンの効果を特定することは基本的に困難になります。

 一般の多くの人に意味のある情報を提供しつつ、データの対象を広げていくアプローチ
そもそも、膨大な、個人の日々の行動の時系列変化を長期にわたって測定できるような状況がなければ、予測のためのデータベースは構築できません。莫大な経費をかけてモニターを雇用し、消費行動データを収集している企業もあるようです。確かに個人の縦断的な時系列行動データは価値の高いものですが、費用対効果からその価値を企業の中で認知してもらうことは大変なことだと思います。私は、マイクロステップ技術を教育場面に導入できるよう研究を進めてきましたが、その理由の一つが、この問題を解決することにあります。

私は、19年度から、中学校の全校規模で毎日のドリル学習を支援することを可能にし、21年度は、規模の拡大に目処がつき、数校の小中学校の約1000人の子どもを対象に全校や学年またはクラス単位の学習支援を開始する他、岡山市の教育委員会といくつかの中学校からの依頼を受け、数十人の不登校の子どもの学習支援を開始することになっています(
今後の研究の展開についてを参照してください)。
一般の子どもを対象にした学習支援に、マイクロステップ技術を導入することは、非常に困難なことで、それを実用レベルに上げるために、これまで必死でした。多くの先生方や児童生徒の皆さんのご協力を得て、個人的には論文や本の執筆を後回しにするなど、研究者としての大切なものほとんどを犠牲にして、身近な方々に多大な迷惑をかけ、実用化に向けて10年以上ずっとプログラムを書いてきました。平成21年2月4日と7月3日の2回にわたって厄介だった2つの部分がつながり、本当にようやく大規模化に目処がつきました。これまでホームページにはほとんど書き込みをしてきませんでしたが、この機を逃すとまた時間が取れなくなるため、一気に書き上げることにしました(分かりにくい点や、誤字脱字、独りよがりのところがあると思いますが、お許しください。少しずつ訂正していきます)。
いろいろなものを犠牲にして膨大な時間をプログラミングに費やそうと決めたのは、マイクロステップ技術により、一人ひとりの高校生の学習成績の時系列変化が、非常に明確に描き出される事実を手にした時からです。平均データではなく、個別に変化が描き出されることは、私にとっても想定外のことでした。つまり、時間軸上の要因を制御することで、想定を超えた精度で高校生の成績の時系列変化が描き出された時点で、一般の学習者や教育者に必ず必要とされる研究であることを認識しました。同時に、教育の分野にこの技術を導入すれば、時間軸上の要因を制御した上で、膨大な学習者からデータを収集できる環境が構築できることをイメージしました。そして、膨大な縦断的データを長期にわたり計画的に収集、蓄積することで、教育の分野で必要とされているにもかかわらず、これまで提供できなかった個人の時系列的な変化の予測や、膨大な学習コンテンツごとの習得プロセスに関する基礎データ、さらに、後述する、人工知能や脳科学の研究に不可欠な「経験」というデータを提供できるようになると考えました。

学術研究、特に、人間の行動原理の解明や理論構築には、たくさんの方々の行動データが必要です。一人ひとりの学習者に有益な情報を提供することで、行動データを集約するデータセンターを作ることができれば、一般の人にも、様々な領域の研究者にとってもメリットが生まれる状況が恒常的に作り出せると考えました。図は、平成10年に描いたその構想図です。

現在は、一般の小中学生や高校生、大学生に、学習の見通しや実力情報を提供するという、純粋に教育的な目的をもって、紙ドリルやe-learning、携帯ゲーム端末用ソフトを開発していますが、それを進めることは、すなわち、学術の領域で、これまで決して手に入らなかった、膨大な縦断的行動データが蓄積されることを意味します。教育場面と学術の世界を、どうにかして橋渡しができたらと思っています。

マイクロステップ計測技術を核として描いた研究の将来像

図 マイクロステップ計測技術を核として描いた研究の将来像


学校現場で研究を進める場合には、かなりのパワーが必要です。私ひとりでいくらがんばっても、基礎研究が実用レベルに簡単に上がっていくものではありません。DS用英単語学習ソフトの開発は、(株)リクルートの協力がなければ、これほど早く一般レベルに商品として出てくることはなかったはずです。さらに、一般の学校レベルでマイクロステップドリルが導入され始めましたが、これも様々な方々のご支援がなければ、実用レベルには上がってこなかったと思います。
初めて一般の小学校でマイクロステップによる学習実験は、たまたま岡山大学の夜間大学院で私の授業を受講された、三宅貴久子先生が、私の授業を4回も受講し、その最後に「やってみたい」と口を滑らしてくださったおかげで始まったのですが、やはりとてもご迷惑をおかけしました。三宅先生は、総合的学習の時間やルーブリック(学外サイト)などで活躍されている先生で、非常に忙しいなか、さらにプラスでマイクロステップの実験を実践してくださいました。今でも、頭が上がらないのですが、そのおかげでこの研究は2年は展開が早まったと思います。

 脳研究に必要となる「経験」という情報
ところで、もう少し学術研究の枠を広げて考えると、マイクロステップ技術は、いわゆる、「経験」を科学の土俵に上げるための原理がその根底にあります。人間の行動は、人間の遺伝子が全て解明されても、作り出すことはできません。遺伝子レベルで規定される人間の行動はごくごくわずかなものであり、真に人間らしい行動のほとんどは「経験」の賜物です。例えば、このページの外枠が見えると感覚すら、経験がなければ生じないのです(「先天盲の開眼手術」、「縦棒の世界で育った猫」で検索してみてください)。近年の脳のイメージング技術の進歩はすばらしいですが、脳の活動は学習(経験)によって当然変わって来るものです。それが統制できない状況で描き出される脳の活動は、かなり漠然としたものにならざるを得ません。経験の何により、脳の活動部位や活動パターンが限定されていくのかなど、経験と脳の活動の対応が研究できるようになってくれば、脳研究はさらに発展するのではないかと思います。完成体(正常な認識ができるようになった大人)としての脳の活動を研究していく現在の研究に加えて、次に考えられる研究テーマは、経験や学習により変化してくる、脳のダイナミズムではないかと思っています。その場合、子どもを対象に縦断研究を行うことは難しいでしょう。しかし、例えば、前述のDSソフトを使うだけでも、成人や高齢者に日常の生活の中で英単語の学習を、学習量やスケジュールを統制して提供することができます。つまり、かなり類似した長期にわたる経験を提供することが、現状でも十分可能です。特に、教育と脳の関係を解明するためには、「経験」を明確にすることが何よりも必要になることではないでしょうか。

日本にfMRIが導入され始めた1990年代に、私は記憶課題の遂行時の脳の活動を測定する研究を、電総研(当時)の研究者(中井さん、仁木さん)と一緒に立ち上げ、一通りの脳画像研究をしたことがあります(その他、ニオイ研究で著名な斉藤さんのグループでMEGを使った研究計画を立てたり(結局計画だけで終わりましたが)、現在名古屋大の飯高先生と脳研究のレビューをしてPETの実験をする直前までいったことがあります)。そこでわかったことは、脳は、課題状況や対象、刺激、そして学習に対して非常に敏感で、弁別的に反応をするという事実でした。当時の解析精度は低かったのですが、そのレベルでも脳の弁別能力を目の当たりにすると、単に外的刺激に対応させて脳の活動を記録していくだけでは、新しい知見は無数示され続けても、逆に、一貫した知見としてのまとまりが出てこなくなると感じ、それから脳研究からは少し距離を置くようになりました。

ちょうどその頃、私の実験心理学の記憶研究でも、わずかな学習の効果が数ヶ月単位で記憶として残り、その影響が行動レベルで検出できるほどの影響を持ち続ける事実(記憶の長期持続性)が明確になってきた時期にも重なり、経験の影響を過小評価してはいけないことは自分の中では、自明のことになりつつありました。つまり、経験を制御することができなければ、脳はもちろん、人間の行動の理解は難しいと考えました。言い換えれば、これからの認知科学においては「経験」がキーになっていくと考えました。その基盤を作る一つのアプローチが、すなわちマイクロステップのスケジューリング原理になると考えています。

平成14-17年に助成を受けた、科研の基盤研究Aの研究題目は、『「経験の変数化」を念頭においた実験計画法に基づく客観的絶対評価の実現』です。教育的目的(客観的絶対評価)の達成を最も重視していますが、経験を将来データとして扱うためのコーディング原理や、収集すべきデータスケジュールの制約条件がこの研究のコアとなっています。

 ロボット、人工知能研究に必要となる「経験」という情報
もう一つ、現在の人工知能研究は厳しい状況が続いていますが、そこでは、成長した人間と同じような行動ができる「固定的な」制御システムやプログラムを作り、入れ込むことはなされています。しかし、その「しくみ自体」を、人間のように経験(学習)から作り出す方法は、従来からほとんど検討されていません(本来それを、行動データなどから推論していく研究が、認知科学、その中でも心理学的アプローチを採る研究の主目的であったはずです)。

経験(学習する情報)から行動が作り出されるとすれば、経験によって何が脳内にどのように蓄えられ、それをどのように使って行動を生成させるのかを解明することは不可欠になります。そのためには、入力される情報(つまり経験)それ自体のコード化や表現、さらにその効果の連続した測定法の検討が必要です。経験をデータとして活用することは、人工知能研究にとっても不可避のことだと思いますが、その基盤がない状況です。ここでも「経験」が科学されてこなかったことの弊害が指摘できると思います。結局のところ、「経験」は長い期間の中で生起する多様なイベントの集合であり、その影響をデータとして蓄積することが、経験を科学することであり、「経験」の裏返しである人間の行動を理解することです。ところが、その「経験」があまりにも多様で膨大であるがゆえに、扱う切り口すら提示されることがなかったといえます。ロボットをはじめ、人工知能研究で必要とされる、経験という情報が、決定的に欠けている現状では、人間の行動を作り出すメカニズムの解明は進展しないのも致しかたないように思います。

生まれた時には何もできない赤ちゃんが、経験によって自然と人間らしい高次な行動をとれるようになる事実を説明するためには、まず、シンボルが記憶表象として存在するという前提を排除し、ゼロから、そしてシンボルが脳内に存在しない段階から、高次な認知判断ができる段階までを、通して説明する理論が不可欠だと考えています。

うちの息子が4歳の頃、数字の3を、普通とは逆の筆順で紙に書いていました。Windowsのパソコンについている、マイクロソフトの手書き入力機能(IME)で、手書きの3を入れてみてください。候補欄にはきれいな活字の3がでてきます。すばらしい技術ですが、もともと活字の3が頭の中に蓄えらていなければこういった出力は不可能です。ちなみに、同じ手書きの3を、通常とは逆の書き順で書き入れてみてください。???な候補が出てきます。現在使われているパターン認識のシステムには、出力すべき活字(シンボル)と、それを特定するためのルール(例えば、書き順情報など)が、あらかじめ人間によってプログラミングされている必要があります。

しかし、4歳の息子はそんなことは一切知りません。まず言葉や命題といった、シンボルやルールありきという理論を基盤としてきたのが、現在様々な場面で使われている現在の人工知能のシステムです(ニューラルネットの理論は、異なる考え方といわれますが、実際は、素子に代表的な特徴を代表させているものが多いといえます)。

 膨大な【感覚情報】の蓄積のみで、人間のシンボリックな行動を生成するアプローチ
それに対して、私は、頭の中には言葉とかルールといったシンボル(命題)を一切想定せず、経験による膨大な【感覚情報】の蓄積のみで、人間のシンボリックな行動を生成することが可能と考えています。つまり、経験で入力する感覚情報の蓄積があればシンボルやルールを処理の瞬間に生成し、人間的な行動を作り出すことが可能と考えています。今皆さんが「見えている」と思っている情報は、目から入っている情報ではなく、過去の経験により蓄えられた膨大な感覚情報と、入力した感覚情報によって、今この瞬間に頭の中で生成されている情報という考え方で、認識の生成理論と呼んでいます(Terasawa, 2005)。
膨大な感覚情報を長期に保持している事実は、音実験をきっかけに、これから速やかに一般的になっていくと思いますが、肝心の、意味もないような膨大な0-1的情報のみからシンボリックな処理が実現できることを示すことが必要であることは、当初から明白であり、まさにそれを示すことをマイクロステップの研究に入る前に進めていました。
そこで、典型的シミュレーションがだけですが、UMEといっている文字認識システム(日立東北ソフトウェアの塚原さんが作成)をアップしています(
記憶ベースのパターン認知モデルの構築)。このシステムは手書き文字の集合(経験により入力した情報)と手書き文字(認識時に入力する情報)だけから、活字が作り出せることを明確に示しています(森正義彦(編著)「理論からの心理学入門(培風館)」を参照してください)。手書き(画像)だけしか蓄えていないコンピュータが、どう見ても活字といいたくなる新規な画像をきれいに出力してくれます。合成の手法は何百とあると思いますが、実装されている唯一の処理は、人の行動データの慎重な検討の結果出てきた、唯一のロジックで導き出された処理であり、活字を作るための試行錯誤は全く行っていません。記憶ベースのパターン認知モデルの構築では、UMEのシミュレーション結果も紹介していますので、参照してください。
ちなみに、UMEは「非シンボリックな情報」をベースとした認識モデルですので、手書き数字と同様、非シンボリックな画像データのみで、道路のどこを人間が通るのか、その道筋を生成することも可能になっています(具体的な説明は こちら をご参照ください。
さらに言ってしまうと、UMEの原理は、パターン認識(生成)だけでなく、自然言語処理などにも適用が可能と考えています。そのあたりの応用を東芝の研究開発センターにいらした木治さんと続けていくことにしています。個人的にこの処理原理は、マイクロステップ技術以上に自信のある、大切な理論のうちの一つです。既に特許になっていますが、学術論文には一切書いてきませんでした。その理由は結構つらいことです。ただ、21年度あたりから、企業の研究者で、この理論に関心のある方で、少しまとまって、一緒に応用研究を始めようと思っています。これだけの説明で関心を持ってもらうことは難しいと思いますが、徐々にアピールしていく予定ですので、物好きな方がいらっしゃいましたら、学会などで寺澤にコンタクトを取っていただけるとありがたく思います。

少し話が拡散してしまいましたが、UMEのロジックとシミュレーション結果は、人間の認識に、「経験」によって入力する情報が非常に重要な役割を果たしている、というよりも、「経験」により入力する情報だけが認識を形作っていることを示唆するものです。つまり、人工知能研究には「経験」が重要な意味を持ってくることを明確に指し示してくれます。

 どんなスケジュールで広告を提示すると広告効果が上がるのか?:広告は、学習支援に続く、スケジューリング・サイエンスの応用フィールド
どんなペース(スケジュール)で勉強していくと学習効果が上がると思いますか?マイクロステップのスケジューリング技術を学習場面に適用して、客観データを収集し、スケジュールごとに成績の変化を測定し、比較していけば、効果的なスケジュールを推定していくことは確実にできるはずです。さらに膨大な学習者のデータを収集してデータベースとして蓄積していくことができれば、学習者の様々な特性や、学習内容に対応させて、効果的なスケジュールや学習方法を推定していくことも原理的には可能です。

このような効果測定のメリットは、学習に限ったものではありません。その典型的なものは、広告の効果です。どのような頻度やタイミングで、どのように広告を提示すると、広告効果が高まるのかなど、広告の掲載スケジュールも、学習研究同様、スケジューリングを制御することでその効果を連続測定し、スケジュールや掲載内容ごとに広告効果を比較できます。

さらにいえば、ダイレクトメールをいつ、どのような人に、どのメディアを使って提供すると、成約の可能性が高まるのかを、顧客の反応データを一定の方法でコーディングし、データとして蓄積していくことで、成約の可能性が高い営業スケジュールを、実際に予測することもあながち不可能な話ではありません(マイクロステップ関係の特許には記載しています)。一度、大手の保険会社のコールセンターを束ねている知り合いに、データのコーディングポイントまで指定してデータの蓄積を始めようとしたことがあります。その時は、その知り合いが転職してしまい、プランが立ち消えになってしまいましたが、時間ができてきたら試してみたいことでもあります。

広告効果も、学習効果と同様で、何度も提示されるその提示タイミングや、商品を買うまでのインターバルの影響を色濃く反映するはずです。それらの要因の影響を排除できない現状で、広告効果を客観的にまた厳密に検討することは原理的に困難です。しかし、逆に、マイクロステップ技術により、広告提示と効果測定のイベントの生起スケジュールを制御し、その効果を、広告内容や受け手の属性、スケジュールごと詳細に厳密に測定し、その影響をスケジュールごとに比較していくことができるようになれば、広告効果をかなり厳密に客観的に検討できるようになるはずです。

現在、学習支援用に構築してようやく動き出したシステムは、数百の学習コンテンツの一つひとつについて、特定のスケジュールを適用し、それぞれのイベントに対応させ、複数の反応データをコンテンツごとに記録し、さらに、スケジュールごとに、また個別に、学習イベントの影響を時系列データとして描き出し、フィードバックしています。これを毎日のように出てくる多くの広告コンテンツに適用すれば、長い期間の中で様々なスケジュールを生起させ、さらに、様々な指標に対する反応データを収集し、さらにそれを受け手の属性に対応づけて分析することが可能になると考えています。

学校の学習支援の無償化のために、支援で子ども一人ひとりに印刷するドリル帳に、広告を導入する活動をマイクロステップ研究会というボランティアグループを組織して始めています。実践モデルが出来上がったところで、広告効果の科学的測定に踏み込もうと考えています。この点については、現在、心理学の広告や説得の研究者に声をかけ始めていますが、実際に使われている広告を刺激として、広告の提示とその評価を、多数のモニター(例えば、保護者など)に依頼して連続していくしくみは作れると考えています。実際に、動き始めたところで(22年度以降を予定)、広告の提示法とその効果に関する知見に関心を持っていただける企業向けのサービスの案内をホームページに掲載する予定です。

★現在動いている関連するプロジェクト:
平成20,21年度 岡山大学 重点研究(学内COE)、研究課題:新たな縦断的調査技術を核とした,人と,情報流布システムのパワーアップ −教育効果と広告効果の可視化によるパワーアップビリティーの追求−

 (余談)潜在記憶レベルで観察される単純接触効果は、「見れば見るほど嫌いになる!?」
また余談ですが、従来から、社会心理学の領域では、単純接触効果(Mere Exposure Effect)という現象が報告されています。それは、ある対象を見ればみるほどその対象を好きになるといった現象で、非常に有名な現象です。しかし、この現象は、その対象を見たことを評定者が思い出せる状況下で観察される現象であり、いわゆる「顕在記憶」が関与している状況で観察されるパターンです。それに対して、対象に出会ったことなど全く思い出せない状況で、好き嫌いを判断する場合(潜在記憶に基づく判断)には、だいぶ異なるパターンが出てくることが明らかになってきています。具体的には、数ヶ月前に、ある対象を見た回数によって、それから数ヶ月後のその対象に対する好意度がシステマティックに変化するという事実です。特に、数ヶ月前に対象を見た回数に対応して、好意度が低下するパターンが特徴的に出てきます(学会発表ではいくつか発表していますが、長期的な記憶現象に比べると検出が難しいといえます→森敏昭(編)「おもしろ記憶のラボラトリー」北大路書房を参照してください)。私のところの優秀な卒論生(現在他大学の院生)が、潜在記憶レベルの単純接触効果を検出する上で、典型的な実験事態となる可能性が高い実験状況を導き出していますので、期待しています。いずれにしても、好き嫌いという感情的な判断が、数ヶ月前のニュートラルな遭遇頻度によって影響を受けることは間違いないと思います。得られているデータを見る限り、現在の広告に見られるように、見る回数を増やせば効果が上がるという単純なものではないことは間違いないと思います。長期的な記憶現象と同様、背後には、【波】が存在するようです。

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